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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)387号 判決

控訴人 山田光男 外三名

被控訴人 国

訴訟代理人 藤井俊彦 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審予備的請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は第一次請求として「被控訴人は控訴人山田ちよに対し、金六十六万千四百十二円十一銭、控訴人山田光男、同山田暹、同野沢美代子、同田中澄子に対し、各金三十三万七百六円六銭並に右各金員に対する昭和二十五年四月十一日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払わねばならぬ。訴訟費用は第一、二審共、被控訴人の負担とする。」旨の判決並に仮執行の宣言を求め予備的請求として「被控訴人は控訴人、山田ちよに対し、金二十五万千四百四十八円九十六銭、控訴人山田光男、同山田暹、同野沢美代子、同田中澄子に対し、各金十二万五千七百二十四円四十八銭、並に右各金員に対する昭和二十一年二月十五日以降右言渡に至るまで、年五分の割合による金員を支払わねばならぬ。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

控訴代理人の主張

「亡山田瀬兵衛は、戦時中、甲重工業株式会社を経営し、大阪造兵廠とは取引関係があつたところ、終戦直後の昭和二十一年二月同造兵廠白浜製造所長湯浅太郎保管にかかる鋼材九百四十七屯について、陸軍兵器本部長の委任に基き払下の権限を有する同造兵廠物品会計官吏との間に正式に締結した払下契約によつて、その払下を受けた。而して右物品会計官吏は、亡瀬兵衛に対し、適式な支払告知書を以て代金の払込を指令したので、亡瀬兵衛は同年二月四日附送金小切手を以て、金七十五万四千三百四十六万九十一銭を払込み、更に同年三月二十日には、金三十八万二千二十五円を払込んで出荷伝票の交付を受け、完全に払下物件の所有権を取得した。然るに右は、亡瀬兵衛が湯浅太郎と共謀の上、払下名義の下に前記鋼材を不法に搬出横領したものとして起訴せられた結果、昭和二十四年十二月二十一日大阪高等裁判所において、亡瀬兵衛に対しては懲役三年、但し三年間右刑の執行を猶予する旨の有罪判決がなされ、右判決は昭和二十五年四月十一日上告取下により確定した。而して前記鋼材は、右刑事事件のために昭和二十二年十二月十九日大阪地方検察庁に押収せられていたところ、昭和二十三年十月頃当時隠退蔵物資の処理に当つていた大阪地方検察委員会は、亡瀬兵衛に対し、右鋼材を押収状態のまゝ隠退蔵物資として産業復興公団に売却すべきことを命じたので、亡瀬兵衛は、右鋼材を押収状態のまゝ同公団大阪支部に代金百九十八万四千二百三十六円で売却し、同金額の小切手を受領した。

而して前記鋼材は亡瀬兵衛が完全にその所有権を取得したことは前述したとおりであるから、その換価金は同人の所有に帰することはもちろんであるところ、大阪地方検察庁は亡瀬兵衛が産業復興公団大阪支部より受領した右小切手を証拠品として提出することを求めたので、亡瀬兵衛は昭和二十三年十月十三日これを大阪地方検察庁に任意提出し、同検察庁においてこれを領置した上、その振込換金の手続をなした。この点について被控訴人の自白の撤回には異議がある。被控訴人の原審並に当審昭和三十四年四月十八日附準備書面に基く陳述を引用する。ところで前記確定判決においては、右換価金について没収もしくは還付の言渡がなされなかつたから、被控訴人は刑訴法第三四六条に則りこれを提出者である亡瀬兵衛に還付すべく、被控訴人においてこれを取得し得べき筋合はない。然るに被控訴人は右換価金をそのまゝ国庫に収納し、よつて何等法律上の原因なく、亡瀬兵衛の損失において、これと同額の不当利得をなした。然るに亡瀬兵衛は昭和二十五年五月十六日死亡し、その妻である控訴人ちよ、並にその子である控訴人光男、同暹、同野沢美代子、同田中澄子において共同して亡瀬兵衛が被控訴人に対して有する右不当利得返還請求権を相続したから、控訴人等は被控訴人に対し、各自その相続分に応じ、控訴人ちよは金六十六万千四百十二円十一銭、その余の控訴人等は各自金三十三万七百六円六銭、並にそれぞれ右金員に対する前記刑事判決確定の日である昭和三十五年四月十一日以降右完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

仮に、前記鋼材が亡瀬兵衛の所有に帰属することなく、その換価金は当然に国庫に帰属したものであるとするならば、被控訴人は、亡瀬兵衛が昭和二十一年二月十四日に右鋼材代金として国庫に納付した、金七十五万四千三百四十六円九十一銭を何等法律上正当の原因なくして国庫に取得し、右同額の不当利得をなしたことに帰するから、被控訴人は即時これを亡瀬兵衛に返還すべき義務を負担したものである。よつて控訴人等は各自その相続分に応じ、被控訴人に対し、控訴人ちよは金二十五万千四百四十八円九十六銭、その余の控訴人は各自金十二万五千七百二十四円四十八銭、並に右各金員に対する前記代金納入の日の翌日に当る昭和二十一年二月十五日以降右完済に至るまで、年五分の割合による遅遅延損害金の支払いを求める。

なお、亡瀬兵衛が国庫に対してなした代金の納付が不法原因給付に当る旨の被控訴人の主張、並に消滅時効完成の抗弁はすべて争う。そもそも終戦当時大阪造兵廠の所管にかかる軍需物資は昭和二十年九月二日附連合軍最高司令官の一般命令第一号第六項「責任ある日本国及日本国の支配下にある軍及行政当局は、連合国最高司令官より追て指示ある迄左記を現状の侭且つ良好なる状態において保存するものとす」との命令によりその処分を禁止せられたものであるが、その後連合軍最高司令官による日本管理政策の進展に伴い、右条項に「追て指示」として留保せられた処を活用し、逐次生産の再開、軍需物資の民需物資への転用等に関する諸般の命令が発せられ、よつて本件鋼材の払下当時においては、大阪造兵廠長並にその部下係官は、その所管の鋼材について適法な払下をなし得べき権限を有していたものであつて、従つて亡瀬兵衛も、白浜製造所長並にその部下の権限については何等疑うところなく、すべて適式な手続によつて堂々と払下を受け、且つ適式な支払告知書によつて代金を納付した上、平穏日公然に、数日を費して物件を搬出した経過であつて、右関係者の主観並に客観のいずれの面よりするも、不法原因給付といわるべきものはない。なお、亡瀬兵衛が、予備的請求として主張する不当利得返還請求権を行使し得るに至つた時期は、昭和二十五年四月十二日、前記有罪判決が確定した時であるから、その翌日より起算し、本訴の提起迄に未だ消滅時効は完成していない。」

被控訴代理人の主張。

「控訴人等の主張事実中、亡山田瀬兵衛が戦時中甲重工業株式会社を経営し、大阪造兵廠と取引関係があつたところ、終戦直後の昭和二十一年二月頃、同造兵廠白浜出張所長湯浅太郎保管にかかる鋼材九百四十七屯余を、払下名義の下に搬出し、よつて右湯浅並亡瀬兵衛等は共謀して右鋼材を横領したものとして起訴せられ控訴人等主張の日に大阪高等裁判所において、控訴人等の主張するとおりの有罪判決がなされ、右判決は確定したこと、前記鋼材九百四十七屯余は、右刑事事件の証拠品として押収せられたが、その後産業復興公団大阪支部に代金百九十八万四千二百三十六円で収買せられたこと。右代金支払のために産業復興公団が提出した小切手は、大阪地方検察庁においてこれを領置した上、日本銀行大阪支店に振込換金の手続をなしたこと、前記有罪判決においては、右換価金について没収または還付等の言渡がなされなかつたこと、並に亡瀬兵衛と控訴人等の身分並に相続関係が、控訴人等の主張するとおりであることはこれを認めるが、控訴人等のその余の主張事実は争う。なお大阪地方検察庁が亡瀬兵衛より前記代金小切手の任意提出を受け、これを領置したことに関する、被控訴人の従前の自白はこれを撤回する。右小切手は後述する如く産業復興公団大阪支部より、収買代金送付書と共にこれを大阪地方検察委員会事務局に持参提出し、同委員会はこれを大阪地方検察庁に送付して来たので、同検察庁においてこれを領置したものであるから、右のとおり訂正する。

控訴人等所有の鋼材は、元来国の所有にかかるものである。然るに、前記刑事々件の判決に判示せられる如く、亡瀬兵衛は、右鋼材を業務上保管していた湯浅太郎と共謀の上、払下名義の下にこれを搬出横領したものであつて、控訴人等が主張する納付金なるものは、結局右横領行為があたかも正規の払下によるものゝ如く仮装するために払込んだものであるに過ぎぬから、これによつて亡瀬兵衛が右鋼材の所有権を取得すべきいわれはない。而して右鋼材は、昭和二十二年十二月九日大阪地方検察庁によつて亡瀬兵衛等に対する業務上横領被疑事件の贓物として押収せられ、その後関西鋼材株式会社並に浅野物産株式会社に保管せしめられていたが、右物件は保管に不便であるところから、大阪地方検察庁は刑訴法第二二二条、第一二二条に則り、これを売却した上、その代価を保管することとした。然るに当時いまだ前記刑事事件係属中であつたために、前記鋼材の終局的な所有権の帰属に不明な点があつた一方、右鋼材のような不正保有物資(物資の入手、所有又は占有に関し、臨時物資需給調整法、その他物資の需給調整若くは物資の需給調整のための調査報告に関する法令又は連合国最高司令官から政府に返還される旧軍関係物資の払下に関して定められた。正規の手続に違反する事実の認められる、すべての物資をいう。)については、臨時物資需給調整法に基いて、過剰物資等在庫活用規則(昭和二十三年総理庁令第一号)が施行されると共に、検察庁関係においても、隠退蔵事件臨時処理要鋼、並に隠退蔵事件の押収物資処分に関する最高検察庁次長検事通牒に基く取り扱いが実施せられていたところから、大阪検察庁は、便宜右隠退蔵事件の押収物資処分手続によつて、前記鋼材を処分することとし、よつて大阪地方検察委員会の裁決を経た上、大阪地方経済安定局を通じて、産業復興公団大阪支部にその収買方を嘱託したものであるから、右換価処分における売主は、大阪地方検察庁によつて代表せられる国である。而して産業復興公団大阪支部は、前記嘱託書に基いて、これを国より収買することとし、その代金百九十八万四千二百三十六円三十四銭の小切手に収買代金送付書を添えて、昭和二十四年三月三日に、これを大阪地方検察委員会事務局に持参したので、同委員会において領収証を発行してこれを受領した経緯であつて、亡瀬兵衛より右小切手を提出せしめてこれを領置した事実はない。もつとも右小切手には、受取人として「山田瀬兵衛又はこの持参人」なる記載がなされているけれども、右は押収中の物資を収買せしめたために、その押収にかかる事件を特定するために、便宜右のような記載がなされただけのことであつて、産業復興公団大阪支部が、前記鋼材の実体上の所有者、従つてその売主が亡瀬兵衛であるとする趣旨で記載したものではない。而して大阪地方検察委員会は右小切手を大阪地方、検察庁に送付して来たので、同検察庁はこれについて領置手続をした上、右小切手を同庁歳入歳出外現金出納官吏に送付し右出納官吏において所定の手続に従つて、これを日本銀行大阪支店に振込み換金し、その保管票は以後同庁係官においてこれを保管しているものである。然るにその後前記有罪判決の確定によつて、前記鋼材は終始国の所有であつて、亡瀬兵衛は適法にその所有権を取得した事実の存しないこと、従つてその換価金についても、同人は何等返還を請求し得る権利を有しないことが明瞭となつたので、右換価金は刑訴法施行法第二条、旧刑訴法第一七四条、第一六七条に則り被害者たる国に還付せられ昭和二十九年七月八日これを国庫に収納したものである。よつてこれについて国が不当利得返還義務があるものとする控訴人の主張は失当である。また前記鋼材の払下について亡瀬兵衛が納入した払下代金なるものは、結局は同人が、前記横領行為を、あたかも正規の払下なるが如く仮装するためになした不法原因給付であるから、これについて返還を請求し得べきものではない。仮に右払下代金の納入をなしたことによつて控訴人等の主張する如き不当利得返還請求権が発生したとしても、右債権はその払込の日の翌日より十年を経過した昭和三十一年二月十四日時効により消滅したものである。」

証拠関係〈省略〉

理由

亡瀬兵衛が戦時中甲重工業株式会社を経営し、大阪造兵廠と取引関係があつたところ、終戦直後の昭和二十一年二月頃、同造兵廠白浜出張所長湯浅太郎保管にかゝる鋼材九百四十七屯余を払下名義の下に搬出したこと、然るに右は、湯浅並に亡瀬兵衛等が共謀の上、右鋼材を横領したものとして起訴せられ、昭和二十四年十二月二十一日大阪高等裁判所において、亡瀬兵衛に対しては懲役三年但し三年間右刑の執行を猶予する旨の有罪判決がなされ、右判決は確定したこと、並に前記鋼材は右刑事事件の証拠品として、昭和二十二年十二月十九日大阪地方検察庁によつて押収せられたことは当事者間に争がないところである。ところで成立について争のない甲第二号証よると、大板高等裁判所が右業務上横領事件の確定判決において認定した事実は、概要左記のとおりである。即ち大阪造兵廠白浜製造所長であつた湯浅太郎は、終戦後第一復員省復員官として、白浜製造所及び同製造所大阪分室天満倉庫、木津川倉庫等に格納されていた軍需資材の出納等を統轄処理していたところ、同人はその職務上所管の軍需資材については一九四五年九月二日連合国最高司令部より発せられた指令第一号附属一般命令第一号により、連合国最高司令部より何分の指示あるまで、之を現状のまま且つ良好なる状態において保持すべき責務があり、その保管の任務に背いて之を払下げ、その他処分する権限がないのに、亡瀬兵衛の経営する工場が、平和産業への転換を企図しながら、資材難に苦んでいる実情を聞くに及んで、先に連合国に提出したりスト洩れの工具等があるのを奇貨として、之をほしいままに自己の責任において、従来の払下形式と同様の手続により、民間工場に払下げることを企て、また亡瀬兵衛等は、右軍需資材の払下が、湯浅の独断に基く違法処分であることを諒知しながら、その払下を受けようと企て、互に共謀の上、右湯浅所管の軍需資材を搬出横領した事実を認定した。而して同裁判所は、湯浅に対しては懲役五年、亡瀬兵衛に対しては前記のように懲役三年、但し三年間執行猶予の言渡をなしたことが認められるのであつて、本件における全証拠によるも、右刑事確定判決の認定するところに反して、右湯浅において適法な払下の権限を有していたものと認め得る資料はない。してみると亡瀬兵衛は、右のような違法行為によつて前記鋼材の所有権を取得し得べきいわれはないから、右鋼材は押収の前後を通じて、その実質的な所有権は国にあつたものとしなければならぬ。控訴人等は、亡瀬兵衛は適式な支払告知書に基いて代金を納付した以上は、その所有権は亡瀬兵衛に帰したものであると主張するけれども、前記のような特殊な状態にある物件については、単にその代金払込の手続が適式になされたとの一事によつて、所有権が移転するものではないとしなければならぬから、控訴人等の右主張はこれを採用するに足らず、他に以上の認定を覆すに足る資料はない。

次に右押収にかかる鋼材が、その後産業復興公団大阪支部に代金百九十八万四千二百三十六円三十四銭で収買せられたこと、右収買代金支払のために同公団が振出した小切手は、大阪地方検察庁においてこれを領置した上、日本銀行大阪支店に振込み換金した事実、並に前記有罪判決において、右換価金について没収または還付の言渡がなされなかつたことは当事者間に争がないところである。よつて、亡瀬兵衛は右換価金について返還請求権を有したものであるか否かについて判断するに、前記鋼材は押収の前後を通じて国の所有にかゝるものであることは、前に認定したとおりであるから、もしも検察官が、当時施行せられていた旧刑訴法第一七四条第一項、第一六五条の規定に基いてこれを換価した場合には、亡瀬兵衛は右換価金について何等返還を請求し得べき筋合でないことは明である。然るに本件において、大阪地方検察庁は前記旧刑訴法の規定によることなく、隠退蔵物資としてこれを処分したことは、被控訴人の自白するところであるから、更に考案するに、臨時物資需給調整法の規定に基いて定められた、昭和二十三年総理庁令第一号過剰物資等在庫活用規則第一条は「この命令で不正保有物資とは、物資の入手、所有、又は占有に関し、臨時物資需給調整法、その他物資の需給調整、若しくは物資の需給調整のための調査報告に関する法令、又は連合国最高司令官から、政府に返還される旧軍関係物資の払下に関して定められた正規の手続に違反する事実の認められたすべての物資をいう。」としているし、又昭和二十三年五月五日附最高検次長検事通牒にかゝる「隠退蔵事件の押収物資処分に関する件」(乙第三十一号証)には、右の物資は収買を相当とするものとして、その収買方を地方経済安定局に委任する旨の規定が定められているのであるから大阪地方検察庁が、旧軍関係物資でその払下について違法の存する本件鋼材を、右隠退蔵物資の処理手続によつて処分したことは後述する如くその事の当否は別として、一応適法な権限によるものとしなければならぬけれども、前記過剰物資等在庫活用規則その他の関係法令によるも、検察庁が、私人より押収した物資を、その没収処分をまつことなくして、自ら売主として売買契約を締結し得べきことを認めた法条はないのであつて、却つて右の処分は、当該物件を押収せられた私人に対して、所定の機関に売却すべきことを命じる行政措置について定めたものと解せられるし、更に他面よりいうならば、国所有の物資を、隠退蔵物資乃至不正保有物資として、国が自ら売主として売買契約を締結するが如きことは、右関係法令の予期していないところであると解せられるから、産業復興公団大阪支部との売買契約における売主が国であるとする被控訴人の主張はにわかに支持し難いのであつて、却つて成立に争のない乙第二十三号証、第二十四号証並に本件鋼材の代金小切手には受取人として「山田瀬兵衛殿又はこの持参人」とする選択持参人払式の記載がなされていたこと及び大阪地方検察庁は、亡瀬兵衛より右小切手の任意提出を受けてこれを領置した旨の被控訴人の自白事実を綜合すると、右売買契約における売主は亡瀬兵衛であり、後に認定する如き条件の下に、瀬兵衛が自己の名義による売買契約をなすことを許したものと解するを相当とする。なお被控訴人は当審において前記亡瀬兵衛より小切手の提出を受けこれを領置した旨の自白を撤回し、右小切手は産業復興公団大阪支部より、大阪地方検察委員会を経て大阪地方検察庁に収買代金として提出されたものの如く主張を改めたけれども、この点に関して当審証人作野耕、同福島延雄の各証言は、原審における同証人等の証言と明白に齟齬するものであつて到底信用し難く、乙第三十三号証の記載内容も、原審証人福島延雄の証言と対比して信用するに足らず、他に右の自白が真実に反し、且つ錯誤によるものであることを認め得る資料はないから、右自白の撤回は、許容することのできぬものである。

ところで亡瀬兵衛は、本件鋼材を押収状態のまゝ産業復興公団に売却することを、大阪地方検察庁より命じられたものであつて、これについていまだ還付を受けていないことは、控訴人等の自白するところであるが、右押収状態の継続する限りは亡瀬兵衛は売買契約を履行するに由がないのであるから、結局亡瀬兵衛が押収状態のまま売却処分を命じられたことは、即ち右鋼材が将来同人に還付されることを停止条件として売却すべきことを命ぜられたものと解する外なく、よつて同人はかかるものとして、産業復興公団との間に売買契約をなしたものであることは、成立に争のない乙第十六号証によつてこれを看取し得るのであつて、他に右の認定を左右するに足る証拠はない。してみると、亡瀬兵衛と産業復興公団大阪支部との間になされた売買契約は、前記停止条件が成就する迄は効力を生ぜず、または少くとも、その代金支払がなさるべき状態にはなかつた(本件において、産業復興公団が、代金前払の約定で収買したことを認め得る資料はない)ものとしなければならぬ。然るに成立に争のない乙第十六号証、第十七号証、第二十三号証乃至第二十五号証と、本件弁論の全趣旨を綜合すると、当時の物資不足の世情に対処するために取引を急ぐ立場にあつた産業復興公団大阪支部は、前記停止条件の成就をまつことなく、直に前述した如き選択持参人払式小切手を発行した上これを亡瀬兵衛に交付したが、前述した如く右鋼材の還付処分ある迄は、亡瀬兵衛においてその換価金の所有権を取得するいわれもなく、かたがた大阪地方検察庁の要求もあつて、同人は右小切手を同検察庁に提出し、よつて同庁は「提出者山田瀬兵衛」としてこれを領置した上、所定の手続により、これを日本銀行大阪支店に振込み換金し、その終局的な所有権の帰属については、刑事事件の判決にまつこととした。以上の事実を認定することができる。ところで右刑事事件については、大阪高等裁判所のなした有罪判決が確定し、よつて前記鋼材は終始国の所有であつたことが明になつたことは前述したとおりであるから、亡瀬兵衛が産業復興公団との間に、自己名義を以て締結した売買契約は、逐に同人のために効力を生じることなく了つたものとしなければならぬ。してみると前記換価金は、押収物件の所有権の帰属を判定し得る状況の到来、即ち有罪の判決がなされるか、無罪の判決がなされるかの結果をまつことなくして、軽卒になされた(客観的には終始国の所有である鋼材を、還付処分を前提として姶めてなし得べき、隠退蔵物資の処分手続によつて処分せしめる如き)換価処分によつて、右押収物件が法律的には滅失した結果として生じた、事実上の代償物として国に保管せられるに至つたものとしなければならぬから、亡瀬兵衛は逐にこれについては何等の権利をも取得することなく、従つて大阪地方検察庁が右換価金を被害者国に還付し、国がこれを国庫に収納したことはいずれも正当な権限によるものであつて、何等不当利得をなしたものではないとしなければならぬ。

次に控訴人等の予備的請求について判断するに、控訴人等は仮に国が前記換価金を国庫に収納したことが正当の権限によるものとするならば、国は少くとも、亡瀬兵衛が国庫に納入した払下代金七十五万四千三百四十六円九十一銭相当の不当利得をなしたものであるから、その返還を求める旨を主張するのであるが、右払下代金の納入がなされた事実関係が前段に認定したとおりである以上は、右は結局横領行為の手段としてなされたものというべく従つて亡瀬兵衛は不法原因給付として右払下代金の返還を請求し得ない筋合であるから、たとい国がこれによつて利得するところがあつても、不当利得としてその返還を請求し得べき筋合いではない。

よつて控訴人等の第一次請求並に予備的請求はいずれも失当であることが明であるから、本件控訴並に当審予備的請求はいずれもこれを棄却すべく、民訴法第三八四条、第九五条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 河野春吉 本井巽)

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